11.12.2011

住むところ

住むところ探し中。


11.12 ghost writer

11.09.2011

ニッポン

戻りました。
電車とかバスとか、キレイである。






11.09 ghostwriter

書の教え_58

質問者:それはまったく突然でした。なにかまったく忘れ去ってしまったことが、記憶に戻ってきたように。あるいは突然のひらめきの理解のようでした。「何とシンプルだろう。私は、私が考えていたものではなかった!私は知覚されるものでも、知覚するものでもない。私はただ知覚することなのだ」と。


「知覚することでさえない。ただそれを可能にするものだ」というマハラジのコメントが続きます。
いずれにしても、「知覚」が行われる瞬間に、何もない空白に主体と客体という二元性が生じ、「行為をしている自分」という最初のエゴイズムが産まれます。


最初の「知覚」を行う前の状態において、我々は無知なのではなく、二元性やエゴによってまったく屈折させられない全知です。


ー"I am that" ニサルガダッタ・マハラジとの対話

11.08 白タク

空港へは白タクで。


ネパール帽のおじさんが運転するオフロード四駆は、15kmを1.5時間で走ります(バスだと2時間)。


村なので、すれ違うクルマも人もおじさんの友達ばかり。


認定タクシー:2,000ルピー
白タク:1,500ルピー


11.08 ghost writer

11.08.2011

11.08 朝食

ビスケット、食パン、少し甘い丸パン、チーズ、紅茶。


ビスケット以外は、計画どおり今朝で食べ切り。


11.08 ghost writer

稜線_02

横からピンクの朝陽に照らされて、美しいヒマラヤ。


11.08 ghost writer




朝焼け

5時に起きてアーサナをしていたら、渡辺トモコに朝陽がきれいだと呼ばれた。


11.12 ghost writer

11.07.2011

書の教え_57

マハラジ:表現のための欲望は挫折しうる。


表現とは、表現者と鑑賞者を必要とする行為。まったく他者に働きかけない、エゴを超えた欲望(方向づけられたエネルギー)があるとすれば、それは苦悩の芽を含まない完全な存在です。


ー不滅の意識 ラマナ・マハルシとの会話


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夕陽

同じバルコニーから、西の空。


11.07 ghost writer

稜線

横からピンクの夕陽から照らされて、美しいヒマラヤ。


11.07 ghost writer

雲母、ツクシ

渡辺トモコが大量の雲母と珍しい太古ツクシを発見。


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散歩_02

軽く1時間の散歩。


11.07 ghost writer

こんな椅子が欲しい_03

欲しい。


11.07 ghost writer

11.07 夕食

宿の食堂でベジタブル・カレー。


カリフラワー、ジャガイモ、ニンジン、インゲン、白飯。リクエストで赤、青とうがらし別添。


11.07 ghost writer

こんな椅子が欲しい_02

地面に杭を打って、横板を載せます。座って顔を上げたときの眺めが大切。


11.07 ghost writer

キュウリ

キュウリを食べる渡辺家。


明日のフライトで関西空港へ。


11.07 ghost writer

ローカル・バス_02

サクー発ナガルコット行きのバスは2時間に1本。10kmの山道を1時間かけて走ります。


途中のカッテキ村からの眺めがすごい。


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11.06.2011

散歩

10km離れたサクーという街まで、朝霧の中をトレッキング。


写真2番目はイチジク、3番目はオクラ。

ローカル・バス

我らがローカル・バス。


ナガルコットからカトマンズまでの20kmを、2時間弱かけてゆっくり走ります。


インドでは禁止ですが、ネパールではまだ屋根の上に乗せてもらえる。


11.06 ghost writer

KitKatを剥く渡辺トモコ。

日本を出てから二回目のチョコレート購入。


KitKatはネスレ製。あらためてコングロマリットの浸透力に気づく。


11.06 ghost writer

書の教え_56

意識を測定するためには、人を椅子に座らせて、ボタンを与えて、「好きなときにボタンを押してください」という実験が出来るね。つまり、ボタンを押そうとしているときの脳の活動を測ればいい。
好きなときにボタンを押すんだから、これは明らかに自由意識でしょ?だから、普通に考えると「ボタンを押そう」という意識があらわれて、それから手が動いて「ボタンを押す」という行動になると予想できるよね。研究者のだれもが実際にそう思ったの。ところが、答えは違ったんだ。「好きなときにボタンを押す」という、もっとも単純な行動が、なんと自由意思じゃなかった。
脳波をモニターしながら脳の活動を調べると、答えは先に「運動前野」という運動をプログラムするところが動き始めて、それからなんと1秒ほども経ってから「動かそう」という意識があらわれたんだ。


「動かそうと決めた」という意識が、無意識が「手を動かす」と決定したあとに形成されたということ。


「行動を決めているワタシの意識」は錯覚であり、決定済みのリアクションと、副産物である自由意思の幻想があるだけ、ということです。


リアクションが構造的に意識による支配を受けないとすれば、我々が達成すべき、行為とエゴイズムの乖離や、リアクションの根絶とは、それらの形成プロセスの正解な把握ということになります。


ー「進化し過ぎた脳」池谷裕二


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